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2019.07.24
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姫路城の歴史・城主を分かりやすく解説!【5分で読める】

650年以上の歴史があり、現存する城の中でも屈指の美を誇る名城・姫路城。現代でも白く美しい威厳ある姿は、見る人の心に訴えかけるものがあります。そんな姫路城の歴史ですが、歴史文献や教科書のように長い文章は読む気になれない、時間がないから簡単に短く教えて!という人のため、今回は気になる箇所をピックアップしました。

 

姫路城の概要

まずは姫路城のプロフィールから見てみましょう。

 姫路城のあれこれ
別名・白鷺城(はくろじょう又は、しらさぎじょう)
・出世城
・不戦の城
建築 1346年(伝)
初代城主 赤松貞範(伝)
最後の城主 酒井忠邦(1868年)
指定文化財・国宝
・重要文化財
・特別史跡
・ユネスコ世界文化遺産
アクセス JR姫路駅・山陽姫路駅から徒歩約20分

姫路城はいつ作られたの?

姫路城は主に、黒田重隆以前と以後に分けられます。重隆以前は確かな史料はなく、赤松氏を端緒とするもので、伝説の域を出ません。

誰が何のために姫山に砦を作ったの?

初めて姫山に姫路城の砦が築かれた1333年といえば、鎌倉幕府が滅亡した年。

この戦乱の世に、赤松則村が後醍醐天皇側として、つまり反鎌倉幕府として挙兵し、姫山に砦を築きました。

当時は城を作るというより、砦が作られ、江戸時代以降に認知されたような「西の要所」というポジションではありませんでした。

姫山に砦を築いた赤松則村

赤松則村(あかまつ のりむら)は、姫路城の歴史を語る上で外せない人物です。

赤松氏の4代目当主として、また元弘の乱の際は護良親王の命で後醍醐天皇側の武将として活躍した人物です。鎌倉幕府滅亡後は播磨守護となりました。

しかし護良親王が失脚すると、則村の立場も悪くなります。ただ、則村には再びチャンスが訪れます。1336年に足利尊氏の側近として再度播磨守護職を授けられ、播磨各地に防衛拠点を築き活躍しました。

初期の姫路城を築いた赤松貞範

姫路城は改修、増築を経て今の形に至りますが、基礎となる姫路城は1346年、赤松貞範が築いたと言われています。

姫山に砦が築かれ13年後の出来事です。赤松貞範は砦を築いた赤松則村の次男で、父と同じく後醍醐天皇、足利尊氏を主君として活躍した武将です。

1346年といえば足利尊氏による室町幕府の時代に突入しており、この時、初期の姫路城を赤松貞範が築きました。その後は赤松氏側の小寺氏による城主体制が続きます。

1441年、嘉吉の乱で赤松氏が断絶し、山名氏が播磨守護に。しかし、1467年の応仁の乱で再興した赤松氏の赤松政則が播磨国を取り返し、その後はまた赤松氏側の武将小寺氏が姫路城主を務めます。

黒田官兵衛と姫路城の関係は?

黒田官兵衛をご存知の方も多いでしょう。

姫路城は基本的に赤松氏一門・宇野氏庶家の小寺氏が城主を務めてきましたが、1566年ごろから赤松氏内で内紛とも呼べる対立が起こり、織田信長まで介入する戦いに発展。

紆余曲折を経て、姫路城は小寺氏の家臣・黒田氏が重隆の頃に城主となりました。

黒田孝高(官兵衛)は家督を継ぎ、姫路城14代城主に。1569年青山・土器山の戦いでは3,000の敵襲に300の兵で打ち勝つなど手腕を発揮します。

秀吉と姫路城の関係

黒田孝高は、秀吉に播州統治の要所として姫路城を献上し、1580年に羽柴秀吉が姫路城の城主となりました。

城主となった秀吉は天守をもつ石垣作りの城を築き、さらに城下町も作られました。秀吉と言えば大坂城のイメージですが、実は大坂城へ移る数年前は姫路城にいたんですね。

そして秀吉が茶会を開いたり、明智光秀を倒し天下人として大坂城へ拠点を移したことから、姫路城は出世城とも呼ばれています。

天下統一を成し遂げる礎となった「姫路城」。この名で呼ばれるようになったのは、実はこの頃からと言われています。

江戸時代は誰が城主に?

秀吉が姫路城の城主となりその後天下統一したことは有名です。では、秀吉の死後、関ヶ原の戦い後は誰が姫路城の城主となったのでしょうか?

結論としては、1600年に池田輝政が城主となり、城を増強しました。

この改修の際に外壁が白くなったと言われており、今もなお白く輝く姫路城は池田輝政が築きました。

しかしその後、1617年に本多忠政が城主となり、三の丸、西の丸などを増築しました。より一層、西日本の要所として姫路城は重要な役割を担うようになります。

姫路城はなぜ白鷺城?

姫山に作られた姫路城。この地域一帯でひと際高く、天から見下ろすかのような建築ですが、また、大天守を筆頭に城の外壁や屋根瓦の目地を白漆喰で塗られ、あたかも白鷺(白いサギの総称)のように見えることから、親しみ込めて「白鷺城」と呼ばれるようになったとか。

そして、城全体に塗られている白漆喰は防火、防水の効果があると言われており、美しいだけではなく、城を守る側面もあります。

姫路城に妖怪がいるって本当?

長壁姫や刑部姫(おさかべひめ)と呼ばれる女性の妖怪が姫路城にいると、江戸時代から言われています。

この妖怪は城主に城の運命を伝えたり、怪奇現象を引き起こしたり、はたまた宮本武蔵が妖怪を退治した際の怨念である、とも言われるなど、奇譚(きたん)な言い伝えがたくさんがあります。

刑部姫の正体はキツネ、人霊、姫山の神など、この妖怪については多くの諸説がありますが、いずれも複数の古い書物や怪談集などに登場しています。

また、姫路城を建てた姫山に当初祀られていた刑部神社を城外に移した祟りだ、という噂も池田輝政の時代に出回り、今では大天守最上階に刑部神社が祀られています。

姫路城は不戦の城?

気になるのが、大政奉還など幕末からの大戦で姫路城はダメージを受けなかったのか?ということ。

姫路城は幕末に新政府軍に囲まれ、岡山藩から威嚇砲撃を受けて無血開城し、姫路城を明け渡します。

また、太平洋戦争では空襲で甚大な被害にあい、姫路城内にも着弾しましたが、焼失せずに済みました。姫路城の白い外壁は目立つため、大戦中は黒い網をかけ、目立たないようにしたという記録もあります。

その結果、姫路城はほぼノーダメージで現存
このような経緯から「不戦の城」とも呼ばれています。

姫路城は多様な文化財に指定

姫路城はさまざまな文化財として指定されています。

史蹟 1928年 姫路城跡を指定
重要文化財 1931年 ニの渡櫓など74棟指定
特別史跡 1956年 姫路城跡を指定
国宝 1951年 大天守、東小天守など8棟が指定
世界遺産 1993年 日本初の世界文化遺産として法隆寺地域の仏教建造物とともに登録

姫路城は国宝、世界遺産に指定されているなど、国内はもとより世界的にみても貴重なレガシーです。

映画やドラマのロケ地にも人気

映画、ドラマ、CM、TV番組のロケ地としても人気の姫路城。
ここでロケされた主な映画やドラマを紹介します。

■映画

・「影武者」1980年、黒澤明監督
・「007は二度死ぬ」1967年、ショーン・コネリー主演
・「大奥」2006年、仲間由紀恵主演
・「天地明察」2012、岡田准一主演
・「超高速!参勤交代リターンズ」2016年、佐々木蔵之介主演

■ドラマ

・「暴れん坊将軍」1978年~2002年、テレビ朝日
・「武蔵 MUSASHI」2003年、NHK
・「水戸黄門」1969年~2011年、TBS
・「大奥」2003年~2019年、フジテレビ
・「忠臣蔵」2004年、テレビ朝日

姫路城はARアプリも一緒に探索!

iOSやAndroidで楽しめる「姫路城大発見アプリ」が無料でリリースされています。

これを姫路城にある「ARアプリポイント」にかざすと向屋敷や御殿の再現CGのほか、狭間や石落としなど、さまざまな解説を見ることができます。

実物を前に、姫路城の歴史を体験できるのでおすすめです。

■アプリ「姫路城大発見アプリ」を無料ダウンロード
Andoroid版はこちら
iOS版はこちら

姫路城は出世城、白鷺城、不戦の城という別名の通りの歴史を持っています。西日本、播磨国の要所を担い、後世も大事に修繕され日本の宝、そして世界の宝にまで発展しました。歴史のロマンを感じながら、姫路城を散策するのはいかが?

■詳細情報

【姫路城】

所在地
姫路市本町68番地
入城料
大人(18才~)1000円
小人(小学生・中学生・高校生)300円
開城時間
9時~16時(閉門は17時)
※夏季(4月27日~8月31日)は9時~17時(閉門は18時)
休城日
12月29日・30日
アクセス
姫路駅北口から神姫バス乗車「大手門前」下車徒歩5分
JR姫路駅、山陽姫路駅から徒歩20分
駐車場については下記のURLからご覧ください。
お問い合わせ先
姫路城管理事務所
079-285-1146
URL
http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle.html

 

本記事はライターが取材・校正を行った上で作成した記事です。内容は2019年6月5日時点の情報のため、最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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